曰く「マーケティングは企業活動の根本を成すものであり、最も重要な活動である。」とか、「市場競争において自らの価値を差別化し云々」なんていうことをいっているモノの本とかありますが、そういうのって僕は嫌いだったりします。
Marketingという語は、Market=市場 ing=してると考えると根本が理解できます。そうです。「商売する」あるいは「商売に仕立て上げる」が正しい。
商売するときにどうするかなぁと考えてみてくださいな。「何を、いくらで、どうやって、誰に売ろうかな??」と分析的に考えるのが、マーケティングの大家であるフィリップ・コトラー先生。
- 何を - Product: 製品
- いくらで - Price: 価格
- どうやって - Promotion: 宣伝
- 誰に - Person: 販路
ね、簡単でしょ??
しかし分析的手法は競争環境の中だと細部の議論に陥りがちです。「こないだのキャンペーンでバカ売れしたじゃんか!!あれだよあれ!!」てな具合で、PromotionやPersonに力を入れっぱなしでライバルが市場ニーズを的確に反映した製品で”パラダイムシフト”を起こすのを許してしまったりするわけです。特に企業母体が大きくてこれらの要素活動が部署間で分断されている場合、あるいは極端に小さくて資金的余裕がない場合にはこういうこと - 木を見て森を見ない - が良く起こります。
「いやぁ、森だよ森!!」っていうのが、同じくマーケティングの大家であるセオドア・レビット先生。「鉄道会社の仕事は列車を走らせることではなく、顧客を移動させることだ」とか「顧客は3分の1インチのドリルが欲しいんじゃない。3分の1インチの穴が欲しいのだ」ってのは名言です。
しかし!! 森は木で出来ているので、これまた各部署の連絡がうまく行っていないと森を動かすのは至難の業です。
従って、分析的手法によっても、総論的手法によっても、マーケターの実務は如何に皆が納得する認識を作り上げるか、に成否がかかってきます。実際、これが仕事の90%を占めるといっても良いでしょう。これのために分析チャートとか、製品ライフサイクルとか、財務諸表とか、バランスシートとか、市場調査とかが発生するわけですね。
ここで問題なのは「どんだけ精緻に認識作りをがんばっても絶対に納得しない奴が居る」ってのが数学的に証明済みだってことです。ゲーデルという人が「不確実性の定理」というやつで証明しています。で、大体の場合に社内が納得する”認識”は社外が納得しない=売れないんですねぇ。
こういう図式なので、マーケティング/マーケターの仕事ってのはこう言えると思います。
社内調整に明け暮れる毎日のなかで市場を調べ上げ、モデルを組み立て、さらに社内調整と社外調整をしてモデルを実現し、お客さんに喜んでもらう仕事。
ほんとにね、仕事の9割は段取りと根回しなんです。