ブックレビューでは「いまさらなに言ってんだよ、おっさん」的評価をしてしまったトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」が時限爆弾のように効いている。曰く、
- 単純労働力はコモディティ化する
- コモディティ化した労働力はネットによって物理的距離を問題にしなくなっている。
- 従って、定食屋とかクリーニング屋とかの超ローカルジョブか、物理的距離を越えたグローバル企業の2種類が今後の勝者だ。
が、ちょっとまてよ。 日本人には明らかな言語バリアがあるぞ。 国民の10%も満足に外国語 - 英語じゃなくても、中国語とか韓国語とかでも ‐ がしゃべれない。 したがって、日本の国内向けには上記のフラット化したスーパー労働力は脅威でしかない。 しかも、対抗手段はほとんどないので国内の単純労働力は淘汰されるしかない。
と、すると、だよ?
単純労働ではない仕事じゃないと意味ないわけだ。 いずれ淘汰されちゃうんだから。 そうすっと、ユニークネスというか「俺にしか出来ねぇ」という領域がないと雇ってくんなくなっちゃう、と。 でも、「オレにしか出来ねぇ」ってことは会社に所属しなくてもいいってことだよね。 その領域ではトップなんだから。
と、すると、だよ?
会社で働いてる人たちは基本的にアマチュアで、「俺にしか出来ねぇ」領域をやってくれる外部のヒトへのつなぎとるぐらいが仕事になっちゃう、と。 かくして格差は拡大し、日本はフラット化から取り残されちゃう。 だって、フラット化をフォローしていくには教育 − 語学、数学、物理学のレベルが上がらなきゃいけなくて、それをやるにはカネが要る。 子供を22歳まで遊ばせて置けるだけのカネが要るのだ。 ワーキングプアにそんなカネはない。 かくして、日本はフラット化する世界から取り残され、世界から忘れられるのだ。
っつーことで、せめて英語ぐらいはしゃべろうぜ。