CNET記事:番号ポータビリティでパンドラの箱を開けるケータイキャリア
パンドラの箱ではないのだと、思う。 携帯電話会社における収益構造として最も大きな比率を占めるのは「月額利用料」であってサービス収入ではない。違うと思われるのであればご自分の請求書をチェックされると良いだろう。コンテンツ利用料やサービス利用料よりも、圧倒的に「ビジネスプラン」とか「ライトプラン」と名のついたいわゆる基本使用量の部分が大きいはずだ。そうではない、という方はご自分の両親の請求書を見せてもらうといい。この「基本使用量」を得るための「付加価値」として音楽機能やカメラやGPS、JAVAはある。
こうした要素はPOS(Point Of Sales:購入決定のタイミング)でユーザの心理に最も大きく効き、その後次第にユーザはこうした機能がどうでも良くなる。 メールが出来、通話が出来ればそれで良いという携帯電話の基本機能にユースケースが集約されていく。
で、あるならばだ。
「いっそ端末買い上げを停止してはどうか」というVodafone末期の声は決して悲壮感漂うものでは無いと思う。むしろ、そのほうが自然であるとの想いがようやくキャリアサイドにも出てきたと考えるべきではないだろうか。MNPがもたらしたのはより厳しい競争環境ではなくてより自然な競争環境であるとは考えられないだろうか。個人のアイデンテイティを構成する要素である電話番号が、キャリアに固定されていたことのほうが不自然ではなかったのだろうか。そして、より自然な競争環境ではよりオープンな技術・サービスプラットフォームがやはり選択されるのではないだろうか。
AUの躍進が躍進が「先進のサービス」で説明されることが多いが、こうしたサービス群を可能にしたのが、いち早いCDMA-ONEプラットフォームへの投資によってもたらされた定額制の導入に根ざしていること、そしてユーザは先進のサービスよりも定額制そのものに反応したのではないかと思われることからも、私は携帯電話はもうそろそろオープンに転換するべきだと思う。
「日本が携帯電話の最先端である」という、国内ハードベンダの疲弊を無視した誤謬が携帯キャリア内に蔓延している間はキャリアはキャリアではなく総合サービスプロバイダーとして総力戦を - 消耗戦を戦う必要がある。 意を決してキャリア - コモディティサービサーに戻れるのか。それとも消耗戦をやりぬき、それぞれが安定シェアを持ち合う構造に持ち込めるのか。
安定シェアを持ち合った瞬間に、破壊的イノベーションに脆弱になる。 であれば、やはりオープンな技術・サービスプラットフォームを採用するのが得策だと、私は思う。
どうかね??