Archive for 2008年3月

褒めてもらうのはやっぱりうれしい

3月 29th, 2008

久々にCNETへブログをエントリしたら、13人の方から『Good!』をいただいた。

もうケータイは要らないのかもしれない

エントリの中身はCNETを読んでもらうとして…幾つになっても、褒められるのは嬉しいものである。
ウケをねらって構えすぎないよう気をつけながら前向きな批判精神を磨きつづけなきゃなぁ、と思わされます。

引き続き、皆さんのご指導ご鞭撻をよろしくお願いするぜ。

「犬とボール投げで遊ぶ」を自動化(動画) : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン)

3月 22nd, 2008

「犬とボール投げで遊ぶ」を自動化(動画) : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン)

これねぇ…良いです。
僕が犬でも、メロメロになるでしょうね。犬でなくてもメロメロですが。

乗せて、発射して、拾って、乗せて、発射して…ワンコ的には気が狂うほど楽しいおもちゃですね。

植替えと種まき

3月 22nd, 2008

というわけで、今年も春がやってきましたよと。

奥さんの「よくやるわねぇ」という視線を浴びつつ、かつまた多量の花粉も浴びつつ、ベランダで育てているバレンシアリトルレモンとブラックベリーの植替えを敢行。ブラックベリーの方はここのところの春めいた陽気で若芽が出てきてしまっているので、植替えといった環境が替わるようなことはしてはいけないのかもしれないんだけれど、土が余っちゃったのでしょうがない。一回り大きな鉢へ引っ越してもらいました。
バレンシアリトルレモンの方は、四季なり(年中実がつくこと)のはずなのに、うちに来てから2年間というもの一切実をつけたことがないという猛者。なんだか葉っぱがどんどん落ちてしまっていたので剪定をしてみたのだが葉落ちが止まらないため、大きな鉢にうつしかえて根っこを整理してあげた。

その他枝豆、バジル、シソといつもの作物も種を撒いておいた。どの作物もまだ少し早いのだけれど、去年買った種を使いまわせるかを確認するために撒いてみた。2週間して芽が出なくて、種を撒きなおしてもまだ大丈夫というわけだ。

夏頃にはおいしく成ってくれるといいなぁ。

私のために歌うのだ!!

3月 9th, 2008

今夜は動画だぜ。

奥さんが顔に貼っているのはヒタヒタパックです。歌っているのは「オペラ座の怪人」のメインテーマ。奥さんが歌っているフレーズのすぐ後に、あの有名な「Sing for me!!(私のために歌うのだ!!)」というフレーズが入る。

ちなみに本物は、これ。奥さんがなりきっているのは、右の人ね。

Phantom of the opera

ご機嫌で歌っていたので、撮影しておきました。
奥さんファンの皆様、ご堪能ください。

旨そうな珈琲屋:今度頼んでみよう

3月 9th, 2008

豆を注文を受けてから煎って、出荷してくれるとのこと。

コーヒーを焙煎士・土居博司が生豆から、あなただけのために焙煎

うまそうである。こんど、頼んでみようと思う。

僕の父親がラーメン屋を営んでいたのだが、麺は彼が手作りしていた。僕が10歳ぐらいの時に打ち立ての麺をすぐにゆで、水にさらしたものを僕に食わせて彼は「うまいだろう」と言ったことがある。手作りだからうまいのではない、打ち立てのゆでたてであればうまいのだと続けて彼は言った。たしかにそれは小麦の匂い、卵の匂い、歯ごたえ、喉ごしと文句のないうまさだった。同じ時に作った麺を夕方ゆで、スープに入れてラーメンとして食べたときにはもう、そのうまさは消えていた。

この原体験から僕はほぼ盲目的に「鮮度のよいものはうまい」と思っている。なので、こういう「〜したて」というのにとても弱い。

と、ここまで書いてきて、思い出した。そもそもうちの近所に珈琲の焙煎工場があるじゃないか。

珈琲サイフォン(株)

う〜ん。まず、こっちからだな。

虎よ、虎よ! アルフレッド・ベスター

3月 9th, 2008

何か最近、読書録しかつけてない。精神生活にLIVE感がないということかも…対応せねばいかんな。

で。この本。SFの中では古典として確立されているようなのだが、どうもいけない。
テレポーテーションが当たり前になった世界で、宇宙で遭難していたのを見捨てられた主人公が見捨てた船を探し出して復讐するという筋のなかでテレポーテーションが必要な理由が、見当たらない。必然性が、ない。
主人公の怒りの情念がマオリ族の入れ墨に重ね合わされ、感情の高まりとともに虎の文様となって浮かび上がるさまはドラマチックではあるけれど、テクノロジーの夢想や着想がまずあり、ストーリーをあとから加えたような感じがする。

戦争や政治、社会力学などについての洞察、理論的な裏付けはきちんと整理されていて読んでいて破綻を感じさせない。ドラマにきちんとした背骨を与えている。とか思っていたら、これは1956年の発表だそうだ。冷戦が始まったばかりのリアティがたしかに、反映されている。

中途半端な感じを持ちながらもとにかく一気に読了したのは、なにか響くものがあったからだと思う。一旦おいて、再読したらなぜこの本が「SF不朽の名作」と銘打たれ、大友克洋氏が絶賛しているのかがわかるかもしれない。

愛死 ダン・シモンズ

3月 4th, 2008

この作家の本はこれだけしか持っていない。5つの中編が納められているが、これがどうにもこうにも粒ぞろいでおもしろい。技法としてどうこうといった、僕が好きそうな要素はあまりない。が、プロットの着想のよさ、語りの上手さがピカイチである。

例えば「バンコクに死す」。吸血鬼を殺すにはどうするか? 銀の弾丸や日の光で殺してしまってはつまらない。何とかして気づかれずにそっと殺すにはどうするか? こうした着想から始まって、濃密なエロティックサスペンスに話をまとめ上げている。

例えば「大いなる恋人」。レマルクに東映映画の「203高地」、さらに戦場詩人というこれまたロマンティックなんだか大馬鹿なんだかよくわからんものを足しこんで、ミニマリズム風にディテールを描いて見せる。ストーリーは無いに等しいが、書き込みのディテールがグイグイと興味を引っ張って緊張感を維持したまま読み通せる。塹壕の泥の匂いがしてくるようだ、と言えばわかりやすいだろうか。

上手い作家なのでこれ一冊で満足して次に行かなかったのかもしれない。

コメント機能修正

3月 3rd, 2008

修正っつーか、ブラックリスト機能が過剰に反応してすべてのコメントを弾いていたのを止めました。
今のところ、コメントはいちいち承認して掲載するようにしています。

Twitterしてみる

3月 3rd, 2008

ちょっと遅れぎみではあるけれど、Twitter試行中。

思考の外在化、世界のネットワーク化というところからするとものすごい意味があるが、個人の所作としてみるとすんげぇ意味なさげなところが良いですね。

男一度は伊勢と吉原

3月 2nd, 2008

映画「さくらん」を見た。
積極/能動的に見たのではなく、ケーブルテレビでやってたのをコーヒー片手に手持ちのDVDをISOファイルに落とす作業をしながらだったが、ビビッドな色彩と強気でかわいらしい女性達が素敵だった。“春を売る”人たちを美しく描くことに抵抗を感じなければ、楽しく見られる「アクティブ・ウーマン」ストーリーだ。

映画を見ていたら昔読んだ杉浦日向子氏の本に「吉原で遊ぶには最低20両」と書いてあったのを思いだして、20両っていくらだろ、と知りたくなった。
日本銀行の解説によれば、大体4万円とのこと。そうするとまぁ、吉原で遊ぶのにかかるのは最低80万円だということになる。

久しぶりに引っ張り出した杉浦氏の本によれば「女性そのもの」の対価は丸一日で1両2朱なので6万円ぐらいだとのこと。が、この「丸一日」ってのがミソ。吉原というのは「女性を買う」というよりも「ジャブジャブと湯水のように金を使う」ためにセットされたような場所だったらしい。もちろん単純に女性を買うこともできたようだが、それは“粋”でも“遊び”でもなかったようだ。吉原での遊びは現地へ船なり籠なりで出かけて、まずパーティーから始まる。料理、酒、芸者さんや幇間などのエンターテナー/ミュージシャンでひとしきり盛り上がるのだ。もちろんボーイさんや店主へのご祝儀も欠かしちゃいけない。女性そのものよりも、その周辺に何倍、何十倍もの金がかかる場所だったのだ。

一度遊ぶ相手を決めたら浮気も許されなかったとのことのなので、目的はやはり単純な快楽ではない。駆け引きを楽しむなど、非日常を金で買うこと、金を実体のないことに注ぎ込むのが吉原での遊びかただった。金を稼ぐことそのものに意味があるように、金を使うことそのものに意味があるとわかっている人間が遊ぶ場所だった。

「男一度は伊勢と吉原」といったらしい。そういう遊び方をしてようやく男の幅が出る、ということだろう。ちなみに伊勢参りも金のかかる道楽道中であったとのこと。