映画「さくらん」を見た。
積極/能動的に見たのではなく、ケーブルテレビでやってたのをコーヒー片手に手持ちのDVDをISOファイルに落とす作業をしながらだったが、ビビッドな色彩と強気でかわいらしい女性達が素敵だった。“春を売る”人たちを美しく描くことに抵抗を感じなければ、楽しく見られる「アクティブ・ウーマン」ストーリーだ。
映画を見ていたら昔読んだ杉浦日向子氏の本に「吉原で遊ぶには最低20両」と書いてあったのを思いだして、20両っていくらだろ、と知りたくなった。
日本銀行の解説によれば、大体4万円とのこと。そうするとまぁ、吉原で遊ぶのにかかるのは最低80万円だということになる。
久しぶりに引っ張り出した杉浦氏の本によれば「女性そのもの」の対価は丸一日で1両2朱なので6万円ぐらいだとのこと。が、この「丸一日」ってのがミソ。吉原というのは「女性を買う」というよりも「ジャブジャブと湯水のように金を使う」ためにセットされたような場所だったらしい。もちろん単純に女性を買うこともできたようだが、それは“粋”でも“遊び”でもなかったようだ。吉原での遊びは現地へ船なり籠なりで出かけて、まずパーティーから始まる。料理、酒、芸者さんや幇間などのエンターテナー/ミュージシャンでひとしきり盛り上がるのだ。もちろんボーイさんや店主へのご祝儀も欠かしちゃいけない。女性そのものよりも、その周辺に何倍、何十倍もの金がかかる場所だったのだ。
一度遊ぶ相手を決めたら浮気も許されなかったとのことのなので、目的はやはり単純な快楽ではない。駆け引きを楽しむなど、非日常を金で買うこと、金を実体のないことに注ぎ込むのが吉原での遊びかただった。金を稼ぐことそのものに意味があるように、金を使うことそのものに意味があるとわかっている人間が遊ぶ場所だった。
「男一度は伊勢と吉原」といったらしい。そういう遊び方をしてようやく男の幅が出る、ということだろう。ちなみに伊勢参りも金のかかる道楽道中であったとのこと。