ウッドベースが弾きたい

9月 25th, 2008 by tsuyoshi Leave a reply »

「弾きたい」ということにはいくつか種類がきっと、ある。

  1. ウッドベースを使って何がしかの表現ができるので、アイデアを形にしてみたい
  2. ウッドベースを弾けるので、それを使って何がしかの表現をしたい
  3. ウッドベースを弾けないが、それを使って何がしかの表現をしたい
  4. ウッドベースは弾けないので、弾けるようになりたい

20数年前には絶対に1.だったんだぜ。ピアニシモからフォルテシモまで、変拍子や複合和声まで何でも来いだったんだよ。ほんとに。
が、現在の状態は絶対に4.である。

現在弾いているエレクトリックベースは、ベース「ギター」だ。「ギターは撥音楽器/和声楽器として設計され、進化している。フレットをつけて正確な音程を保ち、出てくる音色は弦をはじく、アタックの強いものが基本である。ベースギター」は低い音を出すギターなのであるからして、和声を出す機会は少ないのだがやはり撥音楽器として演奏される。
翻って、ウッドベースはヴァイオリン属である。撥音と擦音、どちらかといえば擦音が主であるように設計されている。従って、より自由な音程がとれるように - 完全音階が実現出きるようにフレットはついていない。で、これが表現の自由度を限りなく拡げる。
撥音では難しいクレッシェンドや、微妙な音程による短調の響きの調整など自分の指先でアタックや音程をすべてコントロールするのは、ギター属にはなかなか難しい。スパニッシュギターやロックのようにエネルギッシュに弾くのならよいのだが、ジャズやクラッシックのように和声とダイナミクス、そしてニュアンスで表現する時には少し性格が違うのだ。こういった表現がきちんとできたときには「神が降りてきた」ような気がするものだ。

問題は、僕が既にそういう能書きを表現する技術を失っていることではなく、どうやってモチベーションを保ちつつ練習を維持できるか、にある。ジャズバンドを組めば良いのだが…そんなに年中ジャズもなぁ。ソロ弾けないし。

もうしばらくは、しょうもない理屈をコネながら楽器屋を覗いていくのだろう。

Advertisement

2 comments

  1. つよし より:

    飾っておくにはちょっとでかいな〜。
    自転車置けなくなっちゃう。

    >何で私は歌いたいと思うのだろう?
    Natureです。
    人は歌うように出来ているんです。

  2. うにぷ より:

    買いましょう。
    いや、買ってください。
    家に飾っといたらかっこいいじゃないですか(違)

    体調が治まってきたらやっぱりジャズやりたいなぁと思う自分がいます。
    ていうか、何で私は歌いたいと思うのだろう?

コメントをどうぞ