パリス・ルコントと並んで「切ない映画をとらせたらサイコー」な映画監督であるウォン・カーウァイが歌姫ノラ・ジョーンズを使って撮ったロードムービー、My Blueberry Nights。
彼氏に振られちゃった女の子が「家に帰るのに思い切り遠回りして帰ろう」と一年近くをかけてウェイトレスをしながらアメリカを回る。女の子から彼氏の家の鍵を預けられたカフェのオーナーに手紙を書きながら。カフェのオーナーも彼女の帰りを待っている。
ウォン・カーウァイが撮るのは、表情だ。
ストーリーはスクリーンに映し出される役者の表情を味わうための伏線でしかなく、僕はひたすらに戸惑い、興奮し、絶望し、立ち直るニンゲンのカオに魅了される。歌い手であるノラ・ジョーンズが演技の勉強をしたことがあるのかどうかは知らないが、ウォン・カーウァイのこのようなアプローチによって自然で素朴な表情を見せ、映画にフレッシュな印象を与えている。ジュード・ロウも普段のような優男、色男だけではなく、息をし汗をかき毎日ひげを剃るリアルな人間としての印象を伝えてくる。
だからラストシーンでのハッピーエンドが物足りない。
ノラ・ジョーンズが道中で巡り会ったのは主に悲劇で、彼女は傍観者/通過者ではあるけれど悲しみを分け合っている。
ジュード・ロウも自分の過去と向き合い、気持ちに区切りをつけ、ノラ・ジョーンズを迎えている。
であれば、ケーキを食べて眠り込む以外になにかすることがありそうなものだ。
あるいは、そのような具体性を求めてしまうのは世の中にもまれすぎたおっさんの野暮なのかもしれない。そのまま、甘いおとぎ話として味わうべきなのかもしれない。