ラナーク/アラスター・グレイ

11月 9th, 2008 by tsuyoshi Leave a reply »

「超弩級百科全書的ノベル」「重力の虹+百年の孤独+ユリシーズ」といった大層な帯コピーと、妙に硬直したカバー絵に惹かれて6月に購入した2段組みで700Pあるというすさまじく分厚く、文字量の多い本。

いろいろと高い評価を受けているようなのだけれど、それはどうも1980年代の脱構造化やテクノロジーのクリッピングポイントを迎えたなかでの人間回帰、もっと俗な言い方をすれば「俺ってダメ、を自分自身が感動しながら自愛的に言い張る」ムーブメントに乗っていた結果のような気がする。
つまり、僕にとってはいまいちだったのだ。

大きく分けて、現実をカリカチュアするファンタジー部分と作者の自伝的部分の2つにわかれるのだがそのどちらもが「ダメな俺に俺だけが気がついてないけどそれでも人生は回っていくぜ。」的陰鬱で覆われている。陰鬱に共鳴できるのは湿気の多い島国の連中であり僕もその一人だ。その共鳴だけで何とか読み進めていくわけだが、いつまでたっても陰鬱以外の要素が登場しない。家族を描いても、政治を描いても、ヒューマニズムを描いても、結局は自愛的陰鬱に落ち着くのだ。さすが、湿気に併せて煤煙までもっているグラスゴーの憂鬱は米食って電子部品を作るアジアの陰鬱とは仕込みが違う。
ただ、いずれにせよ引きこもり君の他虐性にも似た「どうして世界は俺を愛してくれないんだ」を700P連続で読まされるのは結構きつい。購入から読了まで3ヶ月近くかかったのはその分量の所為だけではない。

作者は絵もかく人なので構成的な実験や感覚的な描写、ファンタジーの印象などに一定の説得力があり楽しめる。ただやはり百科全書的ノベルでもなければ重力の虹でもない。
世界を理解し、理解されようとするがボタンを掛け違えていることが理解できず我が道を行くしかなかった男の滑稽な悲劇あるは陰惨な喜劇とでも呼んでおくのが正しい。

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