女の子を後ろから抱きしめ、自分の足の上に女の子の足をのっけてベッドルームまで行くシーンが好きだったな。
それはさておき「戦略」である。
例えば「ニッチトップを狙う」は戦略かと考えると「狙う」って言ってる時点でそりゃ目標じゃねーのと。
「ニッチトップを獲得するためにリソースを開発に集中運用し、当該セグメントで圧倒的な機能差を獲得して競合他社よりも少ない営業パワーで効率的に販売する」だと戦略チックな気が(僕は)するんだけど、人によってはそれは戦術だという人もいるだろう。
「低価格戦略で市場を攻める」とかっていうのも「そりゃ方法論だから戦術じゃねーの」と僕は思うんだけど、結構「戦略」として取り扱われる。
先日、とある営業マンから「ひろせさん。ランチェスター戦略って知ってますか?」と問われた。
「ランチェスターの設定した戦争理論なら知ってますよ。バトル・オブ・ブリテンのやつですよね。」とケツの穴の小さい答え方をしてみたのだが…
武器の性能と兵隊の人数の積と有効距離が敵への「インパクト」を決定して、それを全面的に用いるか局部的に用いるかで勝敗が決まるみたいだね〜という理論で、先に上げたニッチトップの取得とか弱者/強者の対比での方法論とかで最近取り上げられているようだ。
で、これもやっぱり戦略というよりも戦争の技術論だと思うんだよね。
何が戦略であるとか偉そうに定義するつもりはないんだけど、方法論にまつわるすべてを「戦略」とくくってしまうのはとても嫌いだ。
最近のTVで「とてつもない」とか「信じられない」とか「ありえない」っていうフレーズが多用されるときに感じる、なんというか…そう、「出来の悪い見せ物感」を感じるのだ。
「戦略」とほざくその5分でテレアポ5件かけたほうがよっぽど生産的なんじゃねーのか、と言いたくなるときがある。