私の履歴書は長い。
転職歴が10社ほどあるので、標準書式の履歴書ではほぼ収まらない。
ほんの数人で立ち上げた会社から、世界中で何十万人という組織までいろんなところで働かせていただいた。
で、思うのだけれど。
例えば「事業戦略」とか「業績予想」なんてのは立てた時点ではほぼ、法螺である。
一応の市場調査とかはあるけれど、確信を持って業績予想をしている人ほどご自分の論理に凝っていらっしゃるようである。逆に確信など持っていない方のほうが、柔軟で使いやすい業績予想や事業戦略を構築できている気がする。
が、なんといっても未来のことを予想しちゃうわけだから、そりゃしょうがないのである。既存のファクターから将来のことがきっちり予想できるのならば、そういう人は競馬の予想屋になったほうがよほど儲かるはずではないか。
ある程度のいい加減さを組み入れておかないと、追い詰められたときに逃げ場がなくなって極論に走るか、その議論を無かったことにするしかなくなっちゃうのである。
が、いうまでもないけれども、会社とか事業の経営/運営はいかに「予想」を実践するかを求められている。
もっとラフに言うと法螺を実現する、と見得を切っているのがいわゆるリーダーなのである。
競馬と違うのは自分がそのレースを走ることだ。
いろんな状況を自分に有利になるように調整できるし「みんなのゴールはあそこだけど俺のゴールはこっち」と競争そのものを変質させることも出来る。
使える手は何でも使って法螺を実現させられるかどうかがリーダーとして正しいかどうかだ。
使える手がどれぐらいあるか、は − これまた乱暴な議論だけれど − どれぐらいのファイナンス能力があるかによる。ファイナンス能力とはどのぐらい「それっぽい」法螺を吹けるかなので、大真面目に法螺を吹ける奴がリーダーとしては望ましいと言える。
そういう理屈から言うと、上場とは「あなたのお金を預かって増やします。そのやり方はこれこれこう…」とまじめに大法螺を吹いてまじめに実現に取り組むことなのだけれど。
まじめに大法螺を吹く奴もいなくなったし、実現に取り組む奴も少なくなっているようだ。
気合をいれて - 気合を抜いて、かな - 法螺をぶち上げるリーダーがいなけりゃ、金も人も集まらないぜ。
んー。加齢臭とともにやってくる開き直りってのはありますね。「そっか。世の中って結構柔らかくってどうにでもなっちゃうじゃん。っつーか、俺でも何とか出来んじゃね?」といった気づきです。最近分かってきたけど。
これを押し通すには「人に今の状態を幸せだと信じさせるパワー」が持続しなきゃいけない。努力というよりもパワーを維持する工夫、エコ運転でパワーを効かせるちえみたいなものの方が有効かもしれません。
証券業界に身をおいておりますが、この業界で活躍するおっさんはほら吹きばっかりです。
自分もそうなれたら、もっと気が楽に生きれるのにと思いますが、こればかりは生まれもった性分のような気がします。
あるいは、努力や心持ちで何とかなるもんなんでしょうか。