コミュニケーションスキル

11月 28th, 2008 by tsuyoshi Leave a reply »

金融危機は2つの影響を日本企業に与えているように思う。
ひとつは世界的な需要の低下による業績の下向き圧力であり、もうひとつは世界が地盤沈下したことによる相対的な地位向上だ。「保有株式の含み損」とか「各国債権の劣化」なんてのはまぁ、めんどくさいので措く。

相対的な地位向上によって経済的大東亜共栄圏構築が − 誰がリーダーシップを取るかはさておいて − APACな僕らとしては大事だなぁと思っている。 NAFTAとかECとかBRICsとかG8とかG20とかいろんな枠組みがありはするものの、お年寄り国家日本が発展するためには「小金と知恵をもつ大叔父さんが近所の青年を表裏になりつつ支えて見返りをもらう」図が望ましい、と僕は思うからだ。まぁ歴史認識とかめんどくさい話はやっぱり措くとして、大叔父さんとして成立するためには仕様書と注文書のやり取りだけではやっぱり浅い。ひざ詰め談判がきっちり出来なきゃいけない。

で、本題。

言語とか文化の壁って言うのは上の論で「措いた」ところに乗っかっている部分が大きい、と僕は思う。
生まれたときから電気・水道・ガスが有りますって言う人、なかったよって言う人、ニンテンドーはあったでしょ?って聞く人ではやっぱりコミュニケーションの基礎が違う。そもそも人と相対するときの気合からして違う。バンコクのタクシー運転手と東京のタクシー運転手がまったく違うように、だ。

じゃぁ、ということで郷に入って郷に従うのは、実は良くないんじゃないかとも思う。郷に従った時点で相手のホームでやることになるわけだから、相手にアドバンテージを与えることになる。彼我の差が歴然としている場合以外にはあんまりいい選択肢じゃない、と思う。では、ということで郷に従わないとすると…「文化的侵略者」または「異質なモノ」としてコミュニケーション対象から外れる。なのでこれもダメ。「コミュニケーションの手法、方法は相手のものだが言っている中身は自分のもの」っていうのがよさげなのだが、そのバランスをとり続けるのはやっぱり難しい。

でも、この国にとって今が胸を張って、アジアのリーダーになれる50年に一度のチャンスなんだろうとも思う。
さて、僕に何が出来るだろうか。

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