Archive for 2009年2月

A matter of philosophy

2月 25th, 2009

景気の悪い世の中のご他聞に漏れず、わが社もダメダメである。

そりゃそうだ。
貿易黒字が唯一の「生産資本」と言ってもいいこの国で4ヶ月連続で赤字になってりゃ、回ってくるものがあるはずが無い。
加えて労働人口どころか消費人口も減ってるわ、教育レベルは落ちてるわ、政治は機能不全だわ、金融も構造不良だわでは出口がどこにあるかがなかなか見えづらいのは当たり前である。

事此処に到っては、出口の設定はもはや哲学の問題である。

ラブアンドピースでハッピーな世界を前提とすれば、今こそ投資して事業基盤を大きくするチャンスの時期だ。「世界はいつか立ち直る。みんなでがんばろうよ!」って感じ。「万人の万人に対する闘争」なんだったら、企業体力の根幹である既存事業を如何に健康に保全するか、弱みになりそうな部分をより早く判別して切り離すか、が当面の焦点になる。
そういう哲学なしに、ホッブスをやっちゃうとそれは単なる吝嗇だし縮小再生産が加速するだけだ。哲学なしにラブアンドピースをやると当然、バブル状態になる。

勿論、マクロレベルではラブアンドピースだけどミクロな現場ではホッブス流ってのは日常的に見る。逆はあんまり見たこと無いけど。

世界はどういうものであって、その中で自分はどのように振舞うのか、が哲学である。「どういうものであるべき」とか「どうあるべき」なんてのは基準を外在化しなきゃやっていけない青二才の思考方法なので、いまや立派なおっさんである僕としては「べき」論は排除したい。朝日新聞じゃあるまいし。
CI(Corporate Identity)とか、商品の宣伝戦略を作るときにも当然議論されてきた「差別化」や「立ち位置」や「理念」と同じものだけれど、より透徹した意志、必ずやり遂げるのだ、こうすれば幸せになれるのだといった強烈な方向意識がセットされなければ、やはり吝嗇のうちにフェードアウトしちゃうだろう。

国民の大半が貧しくなれば、そのような哲学や意思は自然と湧き上がってくるのかもしれないけれど、それでは救いが無い。

っつーか、うちの会社はどっち向いてんだよって話なのだけれど、わが身の及ぶところは意思と哲学を持っておきたいねぇ、と。

DVDからAVIをUbuntuで抽出する

2月 23rd, 2009

transcode -i /media/DVD -x dvd -T 2,10,1 -a 1 -V -y xvid -Z 360×240 -o target.avi

で、サイズをちいさくしてaviになる。

DVDからMP3をUbuntuで抽出する

2月 22nd, 2009

transcode -i /media/DVD -x dvd -T 2,1,1 -a 0 -y raw -m sound.mp3

このコマンドでDVDの2タイトルめのトラック1、カメラアングル1のオーディオストリーム0をmp3にする、の意。
flvとかへの変換もできそうだけれど、僕はMP3で十分。

犬天国

2月 16th, 2009

昨日の日曜日、愛犬カプチーノのブリーダーさんからお誘いを受け、目白のスペイン料理文化アカデミーで犬ランチ。
8名程度のオーナーさん+5匹のビーグルでランチ会である。飯はうまいわ、ビーグルたちは可愛らしいわで大騒ぎである。

残念ながらカプチーノは連れて行けなかったが、ランチに集まったわんこたちはみなお行儀が良く、ランチの間に「俺の分け前はどこじゃ、こるぁぁ!!」と暴れるようなこともなく…聞いてるかい、カプチーノ!!…楽しくスペイン料理をいただく。
その後は当然のようにわんこたちを捕獲し、無理やり抱き上げて顔をなめてもらったり、ブリーダーさんのハンドリング講習を受けたり、育犬相談にいそしんだり。素敵な午後でした。

帰り道で自分が犬臭いのがまた、喜ばしい。

品質とはなんぞや

2月 13th, 2009

一般的に「品質が良い」というのは「壊れない」ないしは「予想通りに使える」ことを意味するが、プロジェクト管理上ないしは経営上は若干ニュアンスが違う。「高品質な製品」「高品質なサービス」という場合には「あらかじめ設計された基準値を一定以上の割合で常に実現していること」を指すことが多い。

簡単に想像できるように、社内のコミュニケーションがうまく取れていない場合にはこの二通りの考え方が混在し、お客様へ迷惑をかけることになる。

プロジェクト管理的な視点で「品質を高めましょう」と言っているヒトの頭の中では…

スケジュール内にきちんと検収をもらえるように仕上げるには品質管理作業にこのぐらいのリソースを使ってこのレベルを達成して、このマイルストーンは複数の指標でチェックしておいて…

なんていう手順と手続きと銭勘定が渦巻いている。

が、その「品質を高めましょう」というのを一般的な視点で聞いてしまったヒトの頭の中では…

バグや仕様漏れが一切無くて絶対誰からも文句が出ないモノをつくらにゃいけんのじゃぁ

と精神論や理想論が渦巻いてしまったりする。

銭勘定と理想論ではそもそも会話する言語系が違いすぎるので、こういう風にずれてしまった場合は品質管理に失敗することになる。銭勘定しているつもりで理想論を語っているヒトもたまにいて、そんなときは目も当てられない有様になる。手順や手続きが精神論や暗示的な責任分界点を基準に構築され…あるいは構築されている気になって、「お前は腕が悪い」だの「いつまで経ってもバグが減らない」だの「そんな売上げではそんな工数はかけられない」だのといった会話で時間を浪費することになる。

逆に、どちらかで言語系が統一されているならばけっこう機能したりする。
精神論/理想論のチームは夜中の差し入れや飲み会での精神注入とかでモチベーションを高めて定性的な基準値を満たしたモノをアウトプットできるし、銭勘定のチームは定量的な基準値を満たしていけるだろう。状況に合わせて方法論を切り替えられるチームならさらによし。

つまり、品質とはそれを提供する人たちの相互理解/チームワークの完成度を映す鏡なのだ。
「うちのサービス・プロダクトは品質が悪い」というのは「うちの会社は相互理解能力の無いお子ちゃまが会社ごっこをやってます」と言っているのに等しい。

阿呆の構造

2月 9th, 2009

誤解もなにもはばからずに言ってしまうが、阿呆は国家が認定し一ランク低い義務と権利を与えるべきではないかと思う。

例えば累進税率というものがある。
稼いでいる人がより多くの税金を取られるという仕組みだが、これは適者生存の概念からすると非常におかしい。
税金は当然ながら公共の利益に利用されるわけで、つまり阿呆も賢者もひとくくりになったところへ還元されていく。
こうして提供される公共サービスによって、阿呆は生きながらえていたりする。しかも、笑止なことに声高に権利を叫んでみたりもする。

ふざけんなよ、と。
人にぶら下がって生きているくせにもっとよこせとは何事かと思うのだ。あるいは、ぶら下がっているくせに同等に扱ってくれなどとは、笑止千万である。ただ、阿呆は生産性が低いので税金を重くするわけにも行かない。なので税金を安くする代わりに選挙権を取り上げるとか、ブログ書いちゃダメとか阿呆じゃない人に電車で席を譲らなきゃいけないとかにすればいいのに。

モノを売らない営業とか、市場を見ていないマーケターとか、キャッシュフローを気にしない経営陣とかが私の良く知っている「阿呆」だが、2級市民扱いになったとしても少なくとも私は納得するだろう。

…とまぁそういう暴言を吐いてしまうぐらいの見通しの悪さです。
駒の能力を最大限に使うのが親分の役割ではあるのですが、リスクヘッジの出来ない丁半バクチに全力投球しなきゃいけない状況下では駒の信頼性が低いのはものすごく神経に障るんです。

あぁ、いらいらする。

ラスク作り

2月 6th, 2009

ここのところ、ラスク作りが楽しい。

パンを適当な大きさに切り、バターを塗って110度のオーブンで60分ほど乾かすだけで出来上がり、が基本レシピである。
で、このバターにメープルシロップ混ぜてみたりとかチョコレート混ぜてみたりとかするといろんなフレーバーのラスクが出来上がる。

先の年末から4-5回ほど作っているが、素材が味の決め手であると痛感している。
うまいパンで作ったラスクはやはりうまいし、パンがいまいちでもバターの良いものを使うと結構食べられたりする。

先週からはジャムも始めた。
りんご、バナナと成功したので次はイチゴかな、と思っている。

事業戦略とはなにか

2月 5th, 2009

戦略という言葉が軽く使われていて頭にくるというエントリを以前書いたのだけれど、もう少し触れておく。

本来、まずは目標があるはずだ。

  • いくら売り上げます
  • この分野でビジネスを開拓します
  • その結果、皆さんにこういうバリューを提供します。

っていうようなね。もう一段上のレベルは「企業理念」ということになるけど「明日の技術を素材で拓く」とか「持続可能な世界を太陽光で実現する」とかだとブレイクダウンできないので、事業目標としてどのぐらい、というのがまずはある。
もちろん、これはいきなり出現するものではなくて現状調査/マーケティングリサーチ/営業部隊からのフィードバックを検討し、実際どの程度なら、どういう方法論を持って行き着けるかによって裏打ちされている。
このようであるので目標があるときには既にある程度の方法論、つまり戦略が存在している。
ただこの時点では多分に推測や予測をベースにしていて、実際に展開したときには現実との齟齬が大きいものでもある。

ということで、戦略を構築することになる。

目標を達成するためにはどの方法が一番良いのか、同時に計画の進行に沿って方法を見直すにはどのような価値軸を組織内に持っておくべきなのか、だれがどの部分を展開できるのか、新たに調達するべきリソースは無いのかなど、実施に必要な要素を組み立てておくのが戦略の構築だ。

このようにして組み立てられた戦略は目標に集中しているため、実施効率がとても高い。
逆に、手段に集中して構築された戦略は現実との齟齬を吸収できる要素を持たないために柔軟性にかけ、実施効率が低い。

『製麺機があるからスパゲッティを作って売ろう!!』という戦略は弱く、『いまは乾麺を使っているけれど生麺を食べたいというお客様が多いから製麺機を入れて新しいメニューを展開しよう』という戦略が強い。
このように単純化すると「なぁんだ、そんなことか」ということになるけれど、手段を目標や強みと勘違いすることが特に技術畑の方にはとても多いように思われる。

戦略とは目標を達成するための最適な手段の組み合わせであって、手段そのものではないのだ。組み合わせが最適であって初めて戦略として機能する。そうではないものは組織力学の慣性か、惰性である。

だからさ、糞を味噌だって言い張ってプランを組み立てるのはもうやめようよ。
糞は糞で売ったほうが効率よく金になるんだから。

DROPBOX

2月 2nd, 2009

DropBoxは、ファイルの共有を誰かとしたかったりとかメディアでデータを持ち歩きたくないときにとっても便利なオンラインストレージだ。インストールして「このフォルダをオンラインストレージと同期!!」と指定しておけば、そのフォルダに突っ込んだファイルを自動的にアップロードしてくれる。さらにバージョン管理までしてくれて、変更を戻すとか消しちゃったファイルを戻すとかもしてくれる。

DROPBOX

いままで誰かとファイルのやり取りをするときにメインで使っていたSkydriveではローカルのストレージからWebインターフェースでファイルのロケーションを指定してアップロードし、内容を変更したらまたアップロードしなおし、なんてことをしなきゃいけない。Microsoftもさすがにそりゃ頭悪いだろうってことで出してきたLive Meshというサービスではこういう自動的な同期もやってくれるんだけど、僕がメインで使っているUbuntuではクライアントを出していない。APIをオープンにするらしいのだけれど残念ながら僕は自力でクライアントアプリケーションは書けない。
DropBoxであればUbuntuでも使えるDebパッケージを出してくれていて、ラクチンである。
WEBインターフェースも付いているので、クライアントアプリケーションをインストールできない状況でも使うことが出来る。
iPhoneやWindows Mobileでもいけるようになるらしい。

個人的な用途としては何か印刷しなきゃいけないときにここへ突っ込んでおいてネットカフェでダウンロードして印刷、っていうSKYDRIVEでやってたのに加えて、バンドメンバーに常に最新の譜面やスケジュール表を展開できるようになるわけだ。オペレーションとしては自分のローカルファイルを変更して、メンバーに「変更したぜ」ってメールするだけだ。
簡単!!

もう、ファイル共有の仕組みとしては今のところ最強なんじゃないかと思えるわけです。
無料アカウントでは2Gまで使えるんだけど、年間99$払えば50Gまで使わせてくれる。
これに簡単なスクリプトでも書けるようになったらもう、大変ですよ。クロスデバイスのネットワークベースOSになっちゃう。こうしたスクリプトでエンタープライズ向けのソリューションも考えられそうな気がする。

DROPBOX