ツールだとか横文字にしちゃうからわかんねーんだよ。道具っていうと何かしら固定した手段を想像させるからちょっと違うしなぁ。
WEBが本来的に持っているのはその開かれたアクセス性と、サーバ/クライアントによるインタラクティブな操作性、そして圧倒的な量のパワーだ。従って情報発信や販売には非常に有効性が高くなる。日本では携帯電話によるユビキタス性も挙げてよいだろう。
ところで、7thノートがマイナー的な響きをメジャーコードに忍び込ませるために使われるように道具は目的にそって使われなきゃいけない。
カバンや化粧品のような嗜好品だけではなく、米や醤油のような日常消耗品であってすら、ブランドや購入経路や価格などによって「体感価値」に大きな差をつけることができる。安く買うことに価値を見出す人、ショップで店員との会話に価値を見出す人、地元で慣れ親しんだ人から購入することに価値を見出す人などが、それぞれの体感に従って購入行動を起こす。
メーカーによるマーケティングは、競合他社をPOS(Point Of Sales:実際に販売が行われる場所、タイミング)から以下に排除するかに主眼がおかれる。純粋想起で自社ブランドが突出している状況であれば、POSに他社ブランドの展示があったとしても、消費者のビューからはそれらは排除される。品質の等質性が何らかの手段によって示されれば勿論、価格などの価値対価へ選択の主眼は移っていくことになる。
この「メーカーによるマーケティング」は、流通構造が直接販売へ一斉にシフトしない限りは変わりようが無い。メーカがマネタイズするポイントは流通小売店への引渡し時であって、消費者への販売時ではないからだ。メーカーが小売の展示会場に自社社員を送り込むのは「POSから他社を排除する」目的で行われているのであって「小売に協力する」目的ではない。実態は、ともかくね。
小売によるマーケティングはメーカによる”差別化”を背景にして、それぞれ別個の人格が持つ体感価値をどうやって獲得し、換金するかということになる。そこでは集客と共感が最も重要な要素となる。「安い」を体感価値として提供している小売現場であれば、小売店の提供する「安いでしょ?」というメッセージに対してどれだけの顧客が「安いね!」と反応してくれるかが重要になる。例えば値引き行為なども「安い」という体感価値を顧客に持ってもらう/顧客と共感するにはいい手段だ。同様に詳細で説得力のある説明、例えば栽培者の顔写真と生育記録の提供が「無農薬野菜」に対して行われる八百屋では「安心感」に顧客の共感が得られる。
メーカによるマーケティングと、小売店によるマーケティングが重層的に体感価値を成していく時に、WEBのインタラクティブ性は既存メディアとは少し違うベクトルを与える。メーカーが差別化の中で、個別の顧客の体感価値まで踏み込まなければならないことになるのだ。これは本質的に危険である。均質なメッセージによる競合の排除を行わなければ/いちいち個別の個人に対応する手間をかけずに競合の排除を行わなければ、コストが大幅に膨らんでしまう。
その意味において、Kakaku.comなどの「第三者による比較サイト」は似た価値基準をもつ消費者がみずから競合の排除を行ってくれる。メーカにとっては非常にありがたい、ということになる。
なんつー議論は電通さんのクロスメディア論でがちがちに展開さてれいるけど、ローカルでほぼパーソナルなところへどうするか、はほとんど考慮されていない。ローカルでパーソナルなところはお金がまとまって落ちてないから、電通さんはあんまり興味が無いんだろう。
だとすれば、売上げの5%の代わりにSEOとかサーバーとかメタタグとかJPEGとかCSSとか第3世代とかUTF-8とかをひっくるめて面倒見てあげるのはどうだろう。
それをAmazon/楽天と呼ぶのだよ、と言う声も聞こえなくは無いんだけど傘の下にいる限りは価格競争から逃げられないじゃん? バリューの提供をするんならそれなりの独自性がどこかにないといけんですわい。