AppleとGoogleとARMがネットブックだとか。
これの製造にあたって東芝とかシャープあたりにがんばってもらうと日本も素敵です。凸版とか大日本印刷でも素敵です。現実的には実装技術が高い台湾企業が生産をやって、国内企業でチャンスがあるのはAccessぐらいかな?AppleとGoogleがはずれて「ARMでネットブック」だけの絵柄にならないと国内勢は難しいかもしれないですね。
そのようになってしまって、そのネットブックが日本でバカ売れしたりなんかすると…
まずは日本のホモジニアス/均一的な国民性の根っこであったマスメディアによる日常的な世論作りのところの壊滅が決定的になるわけです。「ARMでネットブック」というのは「携帯電話にもっと大きな画面と強力な電池とキーボードをつける」っていうのと等価なわけで、あんなに操作性が悪くて視認性の無い2インチ画面の機械でもこれだけの利便性が出せているのであれば、そんな機械が普通になったらだれがもうテレビなんか見るか、と。
ほしいときにほしい情報にアクセスできて、購入や利用はその場でオンラインだぜ!と。食材や日用品もネットスーパーで購入して、引渡しだけ店舗だぜ、と。
全てがそちらへ極端に移行することはもちろんないけれど、無視できない量がそのようになるのは、もはや堅いところだろう。「もうそういう生活で〜す」っていう引きこもりピーポーも多いし。外にいても引きこもりピーポーと同じようなネットへのアクセシビリティが出来上がるとすると、そりゃすげぇわけだ。
今でもできてんじゃないの、って言う人はiPhone信者かケータイ小説読者だと思う。主婦が肉買うのにあの画面じゃ無理だよ。
そういう世界がそのうちやってくるのであれば、お客さんがほしいと思える商品を探したり作ったりして商流に載せ、お客さんをPOS/販売拠点へと導き、買ってくれた後にはリピートを促すというのをきちんとやらなきゃいけなくなってくる。マスでどかんとブランドや商品名を刷り込んでおいて、棚シェアを確保しておけば売れるという絵柄じゃないのだ。
かといって口コミなんてのは胡散臭くて企業側からのアプローチとしては下策だろうし。
ターゲットを絞り込み、必要とされる訴求価値に沿った商品作りとバランスの取れた価格設定を行い、販路と重ね合わせの取れたアプローチのパスを設定し、ブランドの体感ポイントと広告露出の整合性を取った上で生産量と流通在庫を見ながら現場のキャンペーンを適宜打つというマーケティング本来の現場仕事がものすごく大事になる。これまで以上に、どんどん大事になる。
デジタルが行き着くとヒューマンが登場するのは予定調和だけど、やっぱりそのようであるのだろう。