Archive for 2009年6月

英語ができないことの不幸

6月 23rd, 2009

クラウドですよ、世界は。

みんなでよってたかってテストして、見つけたバグに応じた料金を山分けするサイトutestに登録してみた。
oDeskもそうだけれど、英語のしゃべれるインド人とかフィリピン人が非常に安い価格で業務をしてくれる。

これが使える英語圏の人たちは地政学的距離をインターネットでぐいっと縮めて、情報処理の「シルクロード」を使うことができる。あっちで安くて、こっちで高いものをあっちからこっちへ持ってきて売るっていうやつね。

使えない日本人は…相も変わらずの全体主義的高密度生産社会で、オープンじゃないプロプライエタリな技術でなんとかするんだろう。プラットフォームがうまくつかめればよいけれど、単純な生産精度ではもう中国に勝てないし。

このまま行くとすんごく不幸な国になっちゃうと思う。今のうちに英語圏/擬似英語圏からの移民を解禁するか、いっそのこと中国へべたべたにすり寄るかしたほうがいいんじゃなかろうか。

収穫逓増はどこへ行った

6月 22nd, 2009

「街の電気屋さんがなくなっていくように、中小ソフトウェア企業もなくなっていくんじゃないか」と言うお話。

畑があるとしよう。そこに小麦がなっていて、収穫をする。刈り取れば、小麦はなくなってしまうのでどんどん減っていく。なくなっていくと、それほど良い畑じゃない場所でも小麦を作らなきゃいけなくなって、効率が落ちていく。これが「収穫逓減」だ。

逆に、取れば取るほど効率が増えてしまうものもあるよね、というのが「収穫逓増」だ。
ソフトウェア業界のパッケージ事業とか、設備投資先行のサービス事業がこれにあたる。一人に売るのも、一万人に売るのも、かかる製造原価はほぼ同じで、販管費のみ投入量を増やせばその分売上がそのまま粗利になって、事業効率がガツガツ上がることになる。ちなみに、そんな人たちが大好きな指標はやっぱりEVITDAで減価償却の話題にはちょっとナーバスだったりもする。

収穫逓増が効くには、あらかじめ出来上がっている「製品」に以下のような条件が備わっている必要がある。

  • 一から自前で作るには手間がかかるもの
  • 既に利用したい機能/サービスが実用上支障なくターンキーで使えるもの

日本国内においてハードウェア、ネットワーク、OSとRDBMSを含むプラットフォームでは既に収穫逓増とよぶよりもコモディティ化が著しいと表現したほうがよい段階にある。そのような状態では当然「収穫逓増」を目指す動きは加速する。パイをどれだけ取れるかを競っていたのが、パイを取らねば事業に必要なサプライチェーンを維持することが出来なくなる段階にある。パイを取るためにはアプリも作ってやらねばならないが、幸いにもインド人やフィリピン人が安い単価で積極的に開発してくれる。

十分な販管費が準備できない中小ソフトウェア企業は収穫逓増戦略は取れず、顧客とのOne2Oneを前提にした「少数精鋭のソフトウェア開発」も、おそらく見向きもしてもらえなくなるだろう。実用上支障が無いものが手に入ることが十分な販管費によって周知されるからだ。

この様な状況下では「収穫逓減」的市場観をもって少数の優良顧客との安定的な取引をすることが出口になりそうな気がするが、ところがどっこい「コースの定理」によってITは内製化することの方が理にかなう、と顧客は判断し始めている。極めてニッチな部分のスペシャリストとして高収益案件のみを小規模な部隊で手がけることぐらいしか、僕のイメージでは出口が無い。

スペシャリストになれる分野が無ければ、徹底したコモディティプレイヤーとして振る舞うまでだ。

ダメな日

6月 16th, 2009

自分で決めたことが守れなかった。稀に見るダメな日である。
まだまだ、修行が足らない。

10年前に”取締役”だったときに毎日「絶対負けないぞ」と思っていた。帰り道で電車の窓に映る自分の青ざめた奥歯を噛み締めつづけている顔を見ながら、勝つ自分をひたすらイメージしていた。勝てる根拠なんかぜんぜん無かったから、そうすることでしか気持ちを落ち着けることができなかった。毎日、自分でゴールを決めて少しづつ前に進むことだけを考えていた。不安とプレッシャーでくちゃくちゃになりながら、もがいて、もがいて、世の中での居場所を見つけようとしていた。

10年経って、進歩したかといえばそんなこたぁねーわけで。
やってることと精神状態はかわらないどころか、人の会社でもがいているっていうのはかえって悪くなっているのかもしれない。今のポジションで”勝って”も、リターンはそれほど期待できないのに。
ましてや、自分にすら勝てなくなってきているふがいなさなのに、だ。

でも、負けないもんね。
最後にニヤリと笑うのは、俺だ。

惜しいぞ、奥さん

6月 15th, 2009

友人の結婚式で久しぶりに一眼レフをひっぱり出して写真を撮り、フォトスタンドを作ってあげることにした奥さん。

式は花嫁さんが式の途中で気分が悪くなるアクシデントをはさみつつも、オーセンティックなキリスト教会で和やかに終了。

写真が現像されてきて、フォトスタンド作りも和やかに終了。花嫁さんは美人だし、花婿は人生の年輪を響かせてなかなかよろしい。

奥さんはフォトスタンドに添えるメッセージを書き出す。

「ねぇ、一眼レフってこんな字だっけ?」

と聞かれて見にいくと、そこに書かれていたのは

「一眠レフ」

惜しい。もうすこしなんだけどな。

ちなみに、奥さんには「戦場の娘たち」という前科もある。

携帯電話の立ち位置

6月 2nd, 2009

携帯電話という奴は、いったいなんだろうとここ数日イメージを探している。

携帯電話ってぐらいだから電話なんだけどね。

携帯してるじゃないですか。

で、パーソナルじゃないですか。

で、メールできたりするじゃないですか。

で、WEB見れたりするじゃないですか。簡単なもんだけど。

で、買い物できたりするじゃないですか。

以上、終了なのかどうか、を探している。

PCとの対比で思考するのはすでに前提が違う。基本にしているテクノロジーはともかく、ユーザの利用シーンはまったく違うからだ。また、携帯電話ユーザのマジョリティはPCユーザのそれとは微妙に違う。また、PCユーザとひとくくりにするのが間違いだと言えそうなくらいにPCユーザの裾野は広がったが、携帯電話ユーザはそれ以上に拡がっている。

前段の認識だけでも「以上、終了」とはなりえないはずなのだが、現実問題として携帯電話を取り巻く”経済圏”は急速にしぼんでいる。キャッシュインの口であった、コンテンツの購買と企業の広告(金貸しと無料コンテンツと風俗がメインであっても、だ。)が小さくなった結果、そこで自立する経済がないのだ。ECサイトなどの展開も、勝ち組についてりゃいいがそれ以外のグループは押しなべてダメである。

公共インフラとして充分拡がっているのは確かなのだけれど、そこで開発屋ががっぽがっぽと儲けていく図がなかなかイメージできない。パーソナルなコミュニケーションウィンドウであるのは間違いのないところなので、コンタクトポイントと提供する情報の量、質、タイミングを間違えなければものすごく良いB2Cコミュニケーションデバイスになるはずなのだが。そういうことのできるマーケティングコミュニケーターがまだ出てきていないと言うことか。あるいは、そういうバリューを訴求しきれるだけの素材が世の中に蓄積されていないのか。

俺がそれになるのはなぁ。奥さんと仕事かぶっちゃうしなぁ。