もちろん、毒にも薬にもならないつぶやきもたくさんあるが、毒や薬もたくさんある。
でもってどちらがより僕にとって価値があるか、は非常にむつかしい。
毒や薬になる情報というのは、得てしてあちこちで目にする。Twitterで触れるのは、誰かがその情報に対して行った評価なので、普段から”薬”になるものをつぶやいてくれている人であれば「あぁ、こりゃ薬なんだろな。」と思うわけで、その情報に対する世間的な評価がどうなっているかを知ることができる。
毒にも薬もならん情報はそれはそれで人の人生を垣間見る/ランチがどうとか、フォーにミントが入ってるとか、イカ飯もらったとかが僕にリアルに生きる感覚を吹き込んでくれる。
北米でTwitterの伸びが止まっているそうだけれど、似たような機能はFaceBookとかで生き残っていくんじゃなかろうか。
あるいは写メログみたいなものも面白いかもしれない。