Facebookに
「マーケティング」てのは「お客さんに買う気にさせること」なので、古いも新しいもあるわけない。変わるのは、メディアとメッセージングビークルだ。
って書いたら、マーケティングを生業にする友人から「タイガイニシロ!!」とお叱りをいただいた。もちろん、僕の書いたエントリはとっても間違えていて、マーケティングはビジネスに関わる皆さんの普段の努力によって、日々進化/深化している。でも、それでも、変わらない部分はあるのだと思うし、変わらないと断言するコトの価値もあると思う。
「マーケティング」とは、なんでしょう?
昔から、とっても不思議なことがある。他の職種は全部日本語なのに、マーケティングだけ「カタカナ」なのだ。Market:verb. ”売り込む”の名詞形としてのMarketingが語源的には正しかろうと思うのだけれど、”売り込み係”じゃ営業どころか売り場の販売員さんとかみたいだし、宣伝もやるし、価格も決めるし、時には資金調達もしたりするので、ふわふわした「マーケティング」という言葉で残っているのだろう、と勝手に思っている。で、やっぱり「マーケティング」の人は宣伝考えたり”製品訴求”を専門にしていることが多かったりするんだけど、それは…マーケティングの開祖、コトラー大先生のおっしゃる「マーケティングミックスをコントロールする役割」からは遠いんじゃないの、と。
マーケティングミックス:製品、価格、商流、プロモーションの4要素(4p)を組み合わせてビジネスを最大化していくのがマーケティングの役割である、と先生はのたまっている。僕もそう思う。そして、それは時として決して華やかでも、ロジカルでもなく、汗と涙と酒とコネを大量に使わないと組み立てられないことも、知っている。リーダーシップのとり方を間違えると、製造、営業、宣伝、経理など各専業部門の御用聞き/調整係にしかならない。
こういう「マーケティング」は本質的に変わりようがない。
もちろん、現状認識に使用する技法、データ取得の方法、速度、範囲、そして成果としての”マーケティングミックス”を展開する範囲、方法、速度、価格はものすごく流動的だ。ここ10数年、僕が真面目に仕事するようになってからでも流通コストは世界レベルで10分の1ぐらいになっているし、製造コストや情報処理コストはさらに劇的に下がっている。が、「特定の市場において何が勝てるか」を考え、投入し、メンテナンスしていく作業は不変だ。結果として(各種議論はあろうとも)利益を出さなければいけない、という点も不変だ。
「変わらない」とすることの強み
「おいおい、原則論かよ」というなかれ。この視点で「変わらない」とすることで、「変わっている」コトに気がついていない人と同じ言語で会話することが出来る。
例えば、「ソーシャルの活用」なんていうテーマがあったとする。
- あの企業は***をやってリピート率が3倍になった
- グループクーポンを使うことで、新規顧客が2倍になった
などなど、刺激的な成功事例がわんさかとあるし、実際にソーシャルメディアでのコミュニケーションを実感してしまうと、距離、時間、人間関係構築のコストが圧倒的な低さや、コールに対するレスポンスが増幅されていく”快感”、膨れ上がっていくレスポンスに自分が参加している帰属感に「これは革命だ。いままでものとはまったく違う。」と感じたりする。でも、「変わっている」コトに気がつかない人からすると、それは「規模とスピードが早くなっていて、しかもコントロールできない、とってもリスキーな環境」に見える。
これを、
- メディアが双方向になり、かつコール/レスポンスのスピードが徹底的に速くなって、分単位になってる
- メッセージングビークルの役割は、ブランディングからバリュー構築にシフトしている
- でも、市場と対話してマーケティングミックスを決めていくのは変わらない
- でも、そのスピードは圧倒的に速く、かつ市場と同じ目線にならなきゃいけない
みたいなロジックにすると「リスキーな環境は同時にチャンスで、きちんとコントロールすれば競合よりもプロダクトライフサイクルを数倍高速に回転させられる。」という会話が、「変わっている派」も「変わってない派」も同じ価値体系の中で会話が出来る。
ミックス、ミックス
情報がデジタルになることでのコミュニケーションコストの低下は、2ちゃんねるで既に明らかになっていた。距離、時間、コミュニティ、世代、性別を飛び越えて”祭り”は盛り上がっていたでしょ? あれがもう10年前だけれど、Mixiを経てTwitter,Facebokと個人間メディアが発展してきたことで、ビジネスエンティティとコンシューマーのコミュニケーションは当然のように”マス”だけでは済まなくなっている。 ソーシャルメディアでのコミュニケーションは個人間コミュニケーションであり、それぞれのパーソネルが自分の関連する範囲において主体的に活動するため、今までは”ブランド”として属人性を排除していたビジネスエンティティが、一つのパーソネルとして取り扱われる。そして、コミュニティへの参加を期待されている。半面、距離を飛び越える能力では”マス”に勝るものはない。日本中の八百屋でトマトを売り切れ状態にする、なんてのはFacebookにはまだできない。なので、これらはミックスされなければならない。
「ミックスしなきゃいけない状況」は、コミュニケーションのところだけではなく、商流においても同様に発生している。店舗売りから、通販、WEB販売、レコメンデーション、グループクーポン、オークション、共同購入といった商流そのものの多様化、複雑化がやはりデジタル化とグローバリゼーションによって発生している。これも、ミックスされ、コントロールされなければあっという間に価格競争だ…
結論めいたモノ
ということで、マーケターが知らなければいけないこと、やらなければいけないことは飛躍的に殖え、かつ複雑化している。それでも、マーケティングの本質は変わらない。すべては、適切なマーケティングミックスを発見し、プロダクトライフサイクルを適正化するために、あるのだ。