夏への扉 新訳

8月 8th, 2009 by tsuyoshi No comments »

僕の大好きなロバート・A・ハインラインを「アルジャーノンに花束を」を訳した小尾芙佐が訳し直したもの。これは読まずにいられようか。

期待に違わず、良い。
今回の小尾版は、福島版に比べてよりやわらかな文体で「技術バカで頭に血が上りやすくて、でも未来を信じて努力を止めない」ヒーローのドタバタを…そうだな、スケッチしているとでもいえばいいかな。
旧訳である福島正美版はテンポと歯切れの良い、「強いアメリカ」、「勧善懲悪」的な”物語のフレームワーク”を感じさせるものだったが、小尾版はひらがなの多用や、福島版が訳さなかった、あるいは置き換えたセンテンスを訳すことでより主人公の主観に沿った物語になっている。読者はより素直に主人公のドタバタを味わえるようになっている。

さらに何といっても、福島版で垣間見える「テクノロジーへの憧れや無条件な信頼」が本作ではそれほど度感じられない。
2009年の今では、本作に描かれた「夢の2001年」程度のテクノロジーではもう誰もビックリしない。「歯医者が写真をとりたがる、夢の歯の再生治療」ですら、先週実験に成功したニュースが出ているし、「劇場全体が無重力になる映動」が体験したければスクリーンと座席の動きで脳を騙すやつがディズニーランドにある。なにより「常識と科学と工業技術で、今日より明日がよくなる」なぞと信じ込んでいる奴は、うちの会社の社長ぐらいだろう。
かかれた当時には作品の主要な「味わい」であった技術やタイムトラベルは - それなりのページ数が説明に咲かれているのは『翻訳』であるから致し方ないとして - 既に小道具に過ぎない。それよりも味わうべきは「よりよい明日に向かって今できることを最大限にやる」主人公と猫のピートの心意気だ。「家じゅうのドアを開けてみれば、そのなかのどれかひとつは必ず、”夏への扉”なのだという信念を絶対に曲げようとしない。」という”絶対楽観主義”こそが本作の醍醐味であって、たのしむべきメッセージだ。

ということで、メッセージがより楽しめる小尾版をおすすめする。

でも、もし主人公と僕が仕事をしたとしたら…「僕がこれで完成といったら製品は君のものだ」とか言われたら「ふざけるな! 健全なキャシュフローをもたらす顧客こそが神、神への忠誠はPDCAサイクルによるのみ!オマエの自己満足は神への捧げ物にはならぬ!」と言ってしまうだろうな。こと、商業性については天才の仕事よりも地道な製品ライフサイクル管理の方が幸せにできる人数は多いもの。

コンテンツとビークルとコンテキスト

8月 1st, 2009 by tsuyoshi No comments »

Twitterで遊んでたらいつのまにか、gigimaki氏の仕事であるBLOGUMENTARYの改造を手伝わさせてもらえることになった。Forward/BackwardボタンをWordpressにつけるというもので、手間取るかなと思ったが共通関数を見つけてけっこう簡単に作業を終えることができた。

BLOGUMENTARYはドキュメンタリーをブログ的なスピード感と距離感で展開するものだということなのだが、これを眺めながら思ったことを少し書き留めておく。

ドキュメンタリーは、ある人物/事象の側面を切り取っておおやけに示すことである。その成果はもちろん受け取り手のコンテキストにもよるのだが、そのドキュメンタリーをデリバリーするビークルにも依存する。例えば「半勤半農」のドキュメンタリーが第3文明に載っていたら非会員の人たちは「なるほどセンベイ方面ではいま農業がホットなのね」というコンテキストを読み取るだろう。ビークルに付与されているブランドがコンテキストの主要要素になって、コンテンツの意味合いを変えていくのだ。AGEHAなどのギャル雑誌などはビークルその物がコンテンツだと言っても差し支えないぐらいの強烈さをビークルその物が持っている。

WEB上のメディアで、そのような個性やキャラクターを備えたビークルは2ちゃんねるぐらいだったのではないか。もちろんそれはネットの匿名性に乗っかった野放図なものであったのだけれど。

例えばTwitterで30〜40代の人たちが実名&本人画像(俺もだ!)で日々の情報発信を始めているように、匿名性に乗っかった無作法なものではない、”きれいな”感覚が出来始めている。

コンテンツが綺麗だって言う意味じゃないぜ。喧嘩するにも相手の顔が見えて、ビビッったりナメたりがリアルにできて健全だ、ぐらいのご理解をいただきたく。

そういう”きれい”な環境が出来始めているのなら、あともうすこしでジャーナリズムはインターネットで花開くんじゃなかろうか。新聞や雑誌はどうなるかわからないがTVはデモグラフィックとして巨大なカバレッジを持つメディアとして存在し続けるだろう。
デモグラフィックで捕まえきれないニッチな部分はおそらく紙からインターネットへ移行する。

この様にして出来上がる数多くのニッチメディアと足並みを揃えてそのニッチに向けた商品ブランドが出来ていけば金も回ってみんなハッピーだろう。

いずれにせよ、後もう少しでそういうことになるんだという気がしている。

携帯電話を使った販促

7月 13th, 2009 by tsuyoshi No comments »

携帯電話を利用したプロモーションをあちらこちらで見かけるようになって来た。
例えば「携帯電話をタッチするとクーポン入手!!」とか「空メール送信でお得情報をゲット!!」とか。

これのなにがいいって、POS(Point Of Sales:まさにものが買われようとしているその瞬間)にさらに上積みができるという点だ。通常のクーポンは再来店を促すために使うのが一般的だろうけれど、携帯電話でのプロモーションはその場所、その時間、その人間に特定したアクションが取れるところに旨みと弱点がある。関心があるからこそその時点でお客様はアクションをかけている。ならば、その時点でベネフィットをお客様に満喫してもらい、総支出を多くしてもらったほうが、あるかどうかわからない/いつベネフィットが上がるかわからないクーポンシステムよりもキャッシュフローへ短期的ではあるけれど直接的なインパクトをもたらすことができる。

日々メールのやり取りがされている中で、再来店したときに「クーポン」が消えてしまっていたらどうする、ということもあるし。

Twitter

7月 9th, 2009 by tsuyoshi No comments »

もちろん、毒にも薬にもならないつぶやきもたくさんあるが、毒や薬もたくさんある。
でもってどちらがより僕にとって価値があるか、は非常にむつかしい。

毒や薬になる情報というのは、得てしてあちこちで目にする。Twitterで触れるのは、誰かがその情報に対して行った評価なので、普段から”薬”になるものをつぶやいてくれている人であれば「あぁ、こりゃ薬なんだろな。」と思うわけで、その情報に対する世間的な評価がどうなっているかを知ることができる。

毒にも薬もならん情報はそれはそれで人の人生を垣間見る/ランチがどうとか、フォーにミントが入ってるとか、イカ飯もらったとかが僕にリアルに生きる感覚を吹き込んでくれる。

北米でTwitterの伸びが止まっているそうだけれど、似たような機能はFaceBookとかで生き残っていくんじゃなかろうか。
あるいは写メログみたいなものも面白いかもしれない。

R.I.P Michael

7月 8th, 2009 by tsuyoshi No comments »

追悼式典の時に、いつ棺を破って出てきてスリラー歌い始めるかとドキドキしてたのに。
盛りを過ぎたポップスターにはその程度の奇跡も起こせないのだ。

僕の音楽

7月 7th, 2009 by tsuyoshi No comments »

永らくベース弾いてたゴスペルサークルHGCから隠居することにしました。

音楽をどのように楽しむか、についていくつか形があるだろうと思っている。

  1. ステージに降りてきた神にしたがって弾く
  2. 新しい手法、構造、ニュアンスを発見/開拓する
  3. 自分ができることを使って音楽を組み立てる
  4. 人がやっていることをマネする
  5. ナンダカヨクワカラナイが、とにかくやる

一番気持ちいいのはもちろん1.なんだけれど、一日12時間ぐらい必死で練習した挙句じゃないと神様は降りてきてくれない。正直、ここ20年ぐらい神様にお目にかかっていない。

2.も素敵だが、実は音感のよろしくない僕はこれまた必死こいて練習しないとここへすらたどり着けない。イマジネーションをたくさん持っている奴がいて、エナジーとヴァイブレーションと込みにして放射してくれればそれにカウンターを当てる形で新しいところへ行けたりもするけど、ね。残念ながら僕のベースはそういうレベルではない。

というわけで大体3-5を行ったり来たりするわけだけれど、これが結構ストレスがたまる。
だって、ずっと同じことの繰り返しなんだもの。人のマネで満足はできないのに、自分で出きることだけをやっていると退屈、という非常にわがままな状態なわけで。
つまり今の僕は3-5を楽しくやるには能書きを仕込みすぎてるし1-2の領域へ行くには気合と腕が足らんのだ。

という自家中毒に近い状態は非常に心とカラダによろしくないので、オフにすることにしました。
人生の先輩方に遊んでもらっているOJTの方で”技能維持”を図りつつ、まったりとやっていきます。

モバイルでの商売がフライアウトしない理由

7月 7th, 2009 by tsuyoshi No comments »

アウンコンサルティング、5億5900万円の特損計上–モバイルSEO不振で:ニュース – CNET Japan

だそうである。
アウンコンサルティングさんは積極的なPRと啓蒙活動が目立っていて、「SEO行けてまっせ!」というメッセージを出しつづけていたので、そこそこうまく行っているんだろうなぁと思っていたらそうでもなかったらしい。
もともと8億なにがしかで買ってきた事業なので、それほど大きな収益力が期待されていたわけでは無いだろうけれど、それでも特損で処理するのは尋常でない。特損は「この事業はこの先数年、ファイナンスする価値も大きく改善する予定もありません」というギブアップだと言える。

が、モバイル業界全体が構造的に特損含みである、と言えなくもない。

もともとキャリアが持っている集客力/集金力(それはすなわち電波免許のことだったりもするんだけど。)にぶら下がって伸びてきた端末屋、ネットワーク屋、コンテンツ屋がキャリアの土管化/携帯電話のコモディティ化によって収益力が加速度的に低下しているのは皆さんご存知のとおり。
かといって、いわゆる情報システムとしてバリバリ使える状態に携帯電話がなっているかといえば、そんなことはない。とにかく画素数を最大化したデジカメ機能に代表されるように機能セットは相変わらずコンシューマにフォーカスしている。

中途半端なCPUと機能セットで、褒められるのはUI/UXのみというコンセプトモデルのようなiPhoneが素晴らしい端末/これまでの携帯端末のバウンダリーを飛び越えたものに見えてしまうのはアプリ開発やコンテンツ利用の自由度が大きく改善されていて、キャリアの描く「俺がプラットフォーム!!」戦略を端から否定している点ではバウンダリーを飛び越えてはいるからだ。ただそれ/Apple独自のバウンダリーを新しく設置していることはPCのときにやっていた囲い込み/独自化戦術からAppleが離れられていない、相変わらずのニッチプレイヤーであることの現われでも、あるのだけれど。

本線に戻ろう。

モバイルのなかでの商売が「コンシューマ向け」商売にフォーカスしている以上、それはすでに陳腐化が一通り行き渡っているキャリアの集客力に大きく依存している。つまり、新規事業が開発できる余地はほとんどない。市場の伸びが低下しているのであれば、位置づけ分類的には「金のなる木」か「負け犬」のどちらかだ。
金のなる木を持つには支配的シェアが必要で、裏返せば大多数のプレイヤーは負け犬になっている。
つまり、キャッシュインが少ないので投資した設備を特損で一括償却でもしないと利益がでないわけだ。

モバイルの中だけで完結するのではアウトだと皆分かっているのだけれど、かといってモバイル外との連携をとろうとしても、なかなかうまくいっていない。プラットフォームとしての整合性の無さ、コンシューマデバイスであることからのSSLなど機能セットの欠如、ETC。

ガツンと一発ボロ儲け、ではなくなったことだけは確かだろう。

環境変数より、新城

7月 6th, 2009 by tsuyoshi No comments »

テストマーケティングとして掲載している携帯電話環境変数リストよりも、昨日の新城の記事の方がアクセスが多いってのは…そういうことですよねぇ。

新城が5番手でゴール…ツール・ド・フランス第2ステージ

7月 6th, 2009 by tsuyoshi No comments »

新城が5番手でゴール…ツール・ド・フランス第2ステージ : エトセトラ : スポーツ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

何かが変わる時というのは、得てして軽々と成し遂げられてしまう。
変革者はまるでそれが最初からそうであったかのように、そうあることの必然を突然周囲にものすごく自然に理解させてしまう。
新城は、自転車ロードレースにおいて自身が優秀であること、そしてそうあるために日本人であることはハンディキャップにはならないことを今日、証明して見せた。

21ステージの中のたった一日で、5位である。例えば、マーク・カベンディッシュが5位だったならば”腹でも壊したんじゃねーのか”というポジションである。が、新城だぜ? 日本人だぜ? 自転車ロードレースのろくな大会もなくって、5Kmの修善寺サイクルセンターのコースを何十周もするクリテリウムぐらいでレースのつもりになっているこの国から、いきなりツールに出て行って5位に食い込み「まだ行けたのに!!」って顔して、5位だぜ?
これを”変化”と呼ばずして何というのか。彼は今日、自転車ロードレースの世界に新しい道を一つ切り拓いたのだ。

願わくば、明日のスプリントステージでカベンディッシュと競り合う彼の姿を見られますように。

6月の米失業率、9.5%に悪化

7月 2nd, 2009 by tsuyoshi No comments »

6月の米失業率、9.5%に悪化だそうだ。10人に一人が、職が無いことになる。ひでぇもんだ。

83年9月以来だそうだから、ちょうどマイケルジャクソンが一番輝いていた時期以来ということになる。その時には日本は絶好調でJapan As Number Oneとか言われてたけど田舎の高校生には全然実感が無かった。
今回は日本も一緒にダメダメで、ダメな業界真っ只中にいるおっさんは実感バリバリだったりもする。

80年代、アメリカはベトナムの失敗と重厚長大産業の海外移転による産業空洞化、特に日本による電化製品と車/ソニーとホンダによって国内の消費を海外へ垂れ流す状態になっていた。ソニーとホンダはいま、LGとKIAに響きを変えている。90年代の「あく抜き」によって完全にアメリカの属国になっている我が日本は、宗主国を中国に変更するべきかどうかの判断をもうすぐ迫られることになるだろう。小さな”踏み絵”はすでにあちこちで始まっているし、お客様としては既にアメリカを抜いている。

アメリカが復活するかどうかを気にする前に、日本におけるアメリカのプレゼンスをもっと下げておくべきなんだろう。中国とロシア、韓国とASEANとの付き合い方をもっと朗らかで闊達なものにしておくべきなんじゃないだろうか。特に油を持っている太平洋のイスラム国家とのコネクションがODAであるという状況は今後10年、アジアの”大叔父さん”になるべき日本としては早急に改善するべきだ。
そこらへんを間違えると、大叔父さんじゃなくて昔の栄光にすがってクダまいてるおっさんになってしまう。

あぁ、そりゃ俺か。