僕の大好きなロバート・A・ハインラインを「アルジャーノンに花束を」を訳した小尾芙佐が訳し直したもの。これは読まずにいられようか。
期待に違わず、良い。
今回の小尾版は、福島版に比べてよりやわらかな文体で「技術バカで頭に血が上りやすくて、でも未来を信じて努力を止めない」ヒーローのドタバタを…そうだな、スケッチしているとでもいえばいいかな。
旧訳である福島正美版はテンポと歯切れの良い、「強いアメリカ」、「勧善懲悪」的な”物語のフレームワーク”を感じさせるものだったが、小尾版はひらがなの多用や、福島版が訳さなかった、あるいは置き換えたセンテンスを訳すことでより主人公の主観に沿った物語になっている。読者はより素直に主人公のドタバタを味わえるようになっている。
さらに何といっても、福島版で垣間見える「テクノロジーへの憧れや無条件な信頼」が本作ではそれほど度感じられない。
2009年の今では、本作に描かれた「夢の2001年」程度のテクノロジーではもう誰もビックリしない。「歯医者が写真をとりたがる、夢の歯の再生治療」ですら、先週実験に成功したニュースが出ているし、「劇場全体が無重力になる映動」が体験したければスクリーンと座席の動きで脳を騙すやつがディズニーランドにある。なにより「常識と科学と工業技術で、今日より明日がよくなる」なぞと信じ込んでいる奴は、うちの会社の社長ぐらいだろう。
かかれた当時には作品の主要な「味わい」であった技術やタイムトラベルは - それなりのページ数が説明に咲かれているのは『翻訳』であるから致し方ないとして - 既に小道具に過ぎない。それよりも味わうべきは「よりよい明日に向かって今できることを最大限にやる」主人公と猫のピートの心意気だ。「家じゅうのドアを開けてみれば、そのなかのどれかひとつは必ず、”夏への扉”なのだという信念を絶対に曲げようとしない。」という”絶対楽観主義”こそが本作の醍醐味であって、たのしむべきメッセージだ。
ということで、メッセージがより楽しめる小尾版をおすすめする。
でも、もし主人公と僕が仕事をしたとしたら…「僕がこれで完成といったら製品は君のものだ」とか言われたら「ふざけるな! 健全なキャシュフローをもたらす顧客こそが神、神への忠誠はPDCAサイクルによるのみ!オマエの自己満足は神への捧げ物にはならぬ!」と言ってしまうだろうな。こと、商業性については天才の仕事よりも地道な製品ライフサイクル管理の方が幸せにできる人数は多いもの。